「わたしたち」のリアリティのある未来 / 快快「6畳間ソーキュート社会」

「30までは何でもできると思っている。ところが30過ぎると自分に可能なことが、地図のようにはっきり見えてくるんですよ」

沢木 耕太郎「路上の視野〈3〉地図を燃やす」

観劇後に喫茶店で、プログラムと一緒に渡された「FAIFAI ZINE」を読みながら、「地図を燃やす」という沢木耕太郎氏の本のこの一節が浮かんだ。
どうやら快快のメンバーは30前後でぼくと同年代らしかった。



公演会場に入るとベッドにiPhoneのホーム画面が写っていて、男がそれを操作していた。
iPhoneは何でもどこまでも応えてくれるし、楽器にもなるしすごく便利だ。
iPhoneを忘れて外出した男は、すごく不便を感じる。カメラもムービーも撮れないし、何より検索もできない。
iPhoneの中にはプライベートな写真とか検索履歴とか、その人のパーソナリティがすっかりわかってしまうものにみちている。
もうiPhoneはパーソナリティの一部だし、拡張された「わたし」なのだ。

iPhoneだけでない、「わたし」の6畳間もそうなんだ。
本棚や部屋の調度品を見れば、パーソナリティが透けて見える。
6畳間も「わたし」の一部で、6畳間には「あなた」もやってくる。

でも、6畳間は6畳しかなくて、iPhoneは何でもどこまでも応えてくれる。

iPhoneはすごいスピードで進化する。どんどん便利になる。
ブーブークッションだって進化している。昔はその都度ふくらませなきゃいけなかったけど、
今のは自動的にまたふくらむ。少しづつだけど前に進んでいる。
なんかブーブークッションの進化ならかんたんに予測できそうな気もする。
でも実際に想像してみるとうまく想像できない。



30歳くらいになると、周りで子供が生まれてる人も多くなって、自分もそうなっていくのだろうかと考えたりもする。
「FAIFAI ZINE」の中で3歳児の母でもある、女優・野上絹代は語る。

『私、こどもが生まれてから突飛な空想ってしてないなってことに気がついたんだよね。生まれてからはもう、空想ってより予定を立てて、どうにかしてそれ通りに進行する毎日で。だから、どうしたら未来って考えられるんだろうって思ったら、やっぱり「この子が大きくなったら」ってことぐらいしか考えられない。』

「FAIFAI ZINE」より

「わたし」と「あなた」で「わたしたち」、こどもが生まれれば益々もって「わたしたち」だ。
「わたし」から「わたしたち」へ広がる。「わたしたち」の未来だ。

「わたしたち」の、ぼくらの未来はブーブークッションくらいのものだ。
ぼくらの可能性は決まってしまっていて、地図のようにはっきりと見える。iPhoneの進化とは大違いだ。
でも、そんなに落胆する必要はない。地図を眺めてあれこれと想像してみても、実際に行ってみないわからないことが多いものだ。
自分で足を運んでみなければ、そこは未知の場所なのだ。



僕たちは常に「現在」というものに繋ぎ留められています。いつだって「現在」の只中で、「過去」と「未来」について考えている。「過去」とは何なのかといえば、それは「どうなるかわからなかったが、ああなった」です。そして「未来」とは「決まっているのだけどだが、まだわからない」です。
(中略)
これから起きることは、決まっているのだとしても、まだまるでわからない「未来」としてある。それは不確定ではないが不可知である。これが「未知」ということです。

佐々木敦「未知との遭遇 無限のセカイと有限のワタシ」

予知でもない既知でもない、未知への好奇心を持って、リアリティのある未来に臨もう。
「わたし」だけの未来、「わたしたち」だけの未来、

偽物だけれど唯一の、まちがいだらけだけどやりなおしのできない人生を歩むのだ。

東浩紀「クォンタムファミリーズ」