「フロスト×ニクソン」を観ました

ちょっと前になるのですが「フロスト×ニクソン」を観ました。
全米進出をねらう英国のテレビ司会者フロストと、政治スキャンダルによる失脚からの政界復帰を目論むニクソン。
この二人の決闘を描いています。

終盤、フロストがニクソンを追いつめる。そして生まれるニクソンの沈黙。
このシーンがたまらなかった。

この映画、みんな観にいくまえから「フロストが勝つ」ってわかっていますよね。
でも、どうやってニクソンに勝つのかが面白いから良い映画になっているのです。
倒叙もののミステリーと同じですね。

そういえば私は古畑任三郎が好きなんです。
これも倒叙ものですね。
じゃあなんで古畑が好きなんでしょう。
理由は二つです。
1.犯人と古畑の心理対決が好き
2.犯人の動機がきちんと描かれる。

特に二つ目は大切です。
なんでもそうだけど、過程や多面性というのは大事です。
悪いことをする人だって、人間なんだよね。
何かのはずみで自分だってそちら側の人になってしまうかもしれない。
じゃあ犯人をそうさせてしまった悲しいことや難しいことって何だろう。
それが気になるし、身につまされるわけです。

ニクソンはちょっとむかつくおっさんだし悪いやつだけどなんだか憎めないやつだなー。
この映画はそう思わせてくれます。
欲深いところやコンプレックスをバネにがんばってきたところとか、もう人間臭くてしょうがない。
このへんは倒叙ものといっしょですよね。

そんなニクソンがやりこめられ、沈黙するところを観るとうれしいんだけど、「ああ、こいつやっちゃったなー」なんてかわいそうな気持ちになるんです。
両方勝たせてやれたらいいのにね、そんなふうに思ってしまうわけです。

でも、世の中は勝ち負けを決めるようにできています。
勝てば官軍。勝ちか負けかの二極のみ。多面性なんてありません。負けたほうは恐ろしいもんです。
結果はたしかに大切なのだけれども、過程にこそ真実や学ぶべきことがあるものです。
過程があったからこそあの沈黙は味わい深いものになったんですよね。